アロマテラピーとは 芳香(アロマ)療法(テラピー)のことまずは「アロマテラピー」について、ご紹介いたしましょう。 「アロマテラピー」は、ハーブ(薬用植物)や果実などから抽出した、100%ピュアなエッセンシャルオイル(天然植物精油。一般には「精油」と略す)を使う芳香(アロマ)療法(テラピー)のことです。 「アロマテラピー」という言葉は造語です。芳香療法について書かれた最初の本のタイトルで、フランスの化学者ガット・フォセが1928年に著しました。 ガットは実験中に負ったヤケドがラベンダーの精油で治ったことで、精油の研究にのめり込みます。 この本をきっかけに、精油のもつ殺菌、消炎など薬理作用を研究する医学的なアプローチが本格化しました。
とくにフランスでの研究は活発でした。軍医として第二次世界大戦などに従軍した外科医ジャン・バルネは、精油から作った芳香薬剤で負傷者を治療した実体験をもとに、『アロマテラピー』(1964年 邦訳本は『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』フレグランスジャーナル社)を著し、多くの医師や薬剤師などがその効果に注目することとなりました。 日本では、イギリスのアロマテラピー研究家ロバート・ティスランドの著書『アロマテラピー<芳香療法>の理論と実際』の翻訳本(フレグランスジャーナル社)がでて、本格的な広がりをみせました。1985年以降のことです。 人類はすでに数十万年前に
精油の効果を知っていた!?「アロマテラピー」という言葉自体は20世紀の誕生でも、人類が精油の効果に気づいたのは、数十万年も前のことだろうと推測されています。人類が火を利用し始めるのは約50万年前だといわれていますが、たとえば燃える木の煙や香りが、火を囲む人々に安らぎや興奮、眠気などを起こさせたりしたこともあったでしょう。 群生する植物のなかにいるときも同様な経験をしたかもしれません。そうした「いつもとは違う」体験が繰り返されることによって、「ある効果」を見つけていったとすれば、精油もおそらくはそうした歴史をもって生まれたと考えられます。 「いつもとは違う」ことは、当然特別なときに活用するものとして、生活の一部になっていったでしょう。
「医療の世界で、常識・俗信、経験医学、神頼み、この三つの本来の関係は、境界も不鮮明だし、それぞれの持ち分も定義されにくい。昔ほどそうだったろうし、それだけに相互の関係は、今日以上に融通無礙(ゆうずうむげ。妨げる壁のないこと:編集部注)だったに違いない」(『医学の歴史』梶田昭著 講談社学術文庫) 「医学は人間の、『慰めと癒し』の技術であり、学問である」 という一文から始まる、梶田氏(元東京女子医科大学教授)の力作、絶筆の著からの引用ですが、
「呪術や宗教から自由になって『自然』を観察する、という態度を人間が獲得したのは、前六世紀ごろ、イオニアのギリシア人植民地で起こったことである。彼ら『ソクラテス以前』の哲学者たちが、自然(ピュシス)と人間を、覚めた目で観察し、記録し、それによって科学が誕生した」 とすると、芳香という療法による「慰めと癒し」は、まずは呪術や宗教の手段として取り込まれたと考えるのが自然でしょう。 「医療の初期」的手段として、患者(当時としては、病気や怪我も含め、何かにとりつかれた人)を煙で燻蒸するという方法があります。患者に“特別な煙”を使うこと、つまり「慰めと癒し」という医療を施すことは、呪術的、あるいは宗教的な儀式だったのでしょう。 原始の埋葬地や遺跡からは、薬効のある植物がなんらかの意味をもって使用されていた、と判断できるような発見がなされています。 古代エジプトでは紀元前3000年ころ、医師であり天文学者であったインホテップが「薬の神」として崇められていました。当時の墓には芳香植物油の作り方が描かれています。フランキンセンス(抗酸化作用など)やミルラ(抗菌作用など)といった樹脂は、シダーウッド(消毒・殺菌作用)などの精油と共に、遺体をミイラとして保存するために使用されていました。
キリストの誕生のとき、東方から来た博士たち3人が馬小屋の家族に持ってきた捧げ物は「乳香、没薬、黄金」だと、新約聖書に書かれています。乳香はフランキンセンス、没薬はミルラのことですが、当時のエジプトではいずれも、黄金と同じ貴重品でした。 クレオパトラも香水に使用したという記録が残っています。 紀元前3世紀ころには、エジプトで原始的な精油の蒸留法が発見され、古代ギリシアやローマを経て各地に広がり、その地域ごとの発展を遂げていきます。 |