山口典秀氏にインタビュー
漢方薬の内服と外用の併用で
アトピー性皮膚炎に高い治療効果
かつては成長とともに自然に治り、思春期を迎えるころにはたいてい完治していたアトピー性皮膚炎だが、最近では成人期まで持ち越す人や、いったんよくなってから再発する人、大人になってから罹る人が非常に増えてきた。一方、現代医学では決め手となる治療法は未だなく、がんやリウマチ同様に難治疾患の一つになっている。そうした状況にあって、アトピー性皮膚炎を全身性疾患と捉え、漢方治療で効果を上げているのが恵明会クリニック(東京都練馬区)だ。院長の山口典秀氏にアトピー性皮膚炎の漢方治療について伺った。
──漢方治療というと、更年期障害や不妊症などの婦人系疾患によく効くというイメージがありますが、アトピー性皮膚炎についてはあまり耳にしたことがありません。漢方がアトピー性皮膚炎の治療にどうして適しているのか、教えてください。
山口 最初にお断りしておきたいのが、私が行っている漢方は日本漢方ではなく、中国の伝統医学をルーツとした、生薬ベースの中医学です。したがって顆粒タイプではなく、基本的には煎じ薬を処方します。さて、漢方がなぜアトピー性皮膚炎に効果的かということですが、そもそもアトピー性皮膚炎がなぜ起こるのか、その発症メカニズムは今なお完全には解明されていません。したがって、原因を見つけてそれを攻撃することで治療する現代医学では、アトピーの治療法は確立していないのが現状です。
──アトピー性皮膚炎の治療法として広く行われているステロイド軟膏などの薬物療法は根治療法ではないということですか。
山口 そうです。ステロイド薬にしろ、四、五年前に認可された免疫抑制薬の一つであるプロトピック薬にしろ、炎症を鎮めるための一時しのぎにすぎません。
──現代医学的治療法が確立していないのに、なぜ中医学で治療が可能なのでしょうか。
山口 それは、現代医学と中医学では、アプローチの仕方が全く異なるからです。現代医学の考え方は生体を部分部分に分解して生命の秘密を突き止めようとします。その典型例がゲノムの解析です。それに対して、中医学は生体を統合して考えます。部分に分解してアプローチする現代医学は、かつて死因の第一位を占めていた結核を激減させたように、一つの物質、あるいは初期がんのような一カ所を攻撃すればよい病気には強い力を発揮します。ところが、高血圧などの生活習慣病、更年期障害などの婦人科疾患、内分泌疾患、神経性疾患、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患、転移がんや多発性がんなどのように、何発も攻撃する必要があり、しかも治るのに時間がかかる病気にはまるで弱いのです。中医学は現代医学とは逆で、後者のような病気に本領を発揮します。私は現代医学を「シングルターゲット療法」、中医学を「マルチターゲット療法」と称しています。
──アトピー性皮膚炎の場合、どうして何発も攻撃しなければならないのでしょうか。
山口 アトピー性皮膚炎は単なる皮膚疾患ではなく、内分泌系、神経系、免疫系などの機能失調が関与する全身性疾患だからです。例えば免疫系でいうと、アレルゲンが体内に入ると、リンパ球の一種であるヘルパーT細胞がB細胞を刺激し、B細胞はIgE抗体を出します。IgE抗体が肥満細胞を刺激すると、肥満細胞からヒスタミンなどの化学物質が放出します。これがかゆみなどの症状を引き起こします。ヘルパー細胞にはTh1細胞とTh2細胞の二種類があり、Th2細胞がIgE抗体を増加させるインターロイキン4(IL4)や5(IL5)などの活性物質を出します。インターロイキンは時々によって量が変わりますし、B細胞だけでなく、肥満細胞にも作用することがあるなど、非常に個性的な動きをします。このようにいくつもの物質が網の目のような関わり方をして、しかもそれぞれが複雑な動きをして発症する病気を一発でやっつけようというのは到底無理な話です。複雑なものには複雑な治療法が適しているのです。私は患者さんに、それをかぎ穴とかぎに例えて説明しています。
──かぎ穴の内部が、さまざまな形をした凹凸が多数あって複雑になっているとしたら、そのかぎ穴に合うカギは当然、複雑な形になるというわけですね。
山口 そうです。カギの内部がどうなっているかを正しく診察し、薬を正しく処方する、これが漢方医の技術になってきます。私は八十種ぐらいの生薬から患者さんに合わせて五十、六十種類を選びますし、その量もその時の患者さんの状態に合わせて加減します。個々に応じた対応で、人間に備わっているホメオスタシス(恒常性)を保つ機構にのって体質改善を行い、症状を出なくしようというのが漢方によるアトピー性皮膚炎の治療法です。
──漢方治療はアトピー性皮膚炎に対し、どの程度効果があるのでしょうか。
山口 正確なデータではありませんが、ざっと治療成績を集計してみました。一つは臨床的変化を見たもので、患者さん自身がかゆみや不眠などさまざまな症状を全体として、どの程度感じているかを初診時と比較したものです(図1)。皆さん、大体六カ月目には、症状は半分ぐらいまでに軽減しています。また、血液内のIgEと好酸球の量が、一回目の検査を一として、二回目にはどうなったかを調べてみました(図2)。アトピー性皮膚炎になると通常、IgEと好酸球の値が増えますから、二回目の検査で一より小さい値になれば良くなっていると見なすことができます。グラフを見て私自身、大きな衝撃を受けたのですが、きれいな正規分布になっています。つまり、何らかの力が〇・五以上〇・七五未満方向に働いていると考えられるのです。私は、この結果を得て、漢方は間違いなく効いていると確信を一層深めました。
──先生の集計を見ると、三分の二ぐらいの方が、漢方で効果を得られていると言ってよいでしょう。それならばアトピー性皮膚炎の治療法として、漢方がもっと普及しても良いと思うのですが……。
山口 いくつかの原因があると思います。ひとつは医師であれば漢方の知識がなくても処方できるという問題があります。以前、漢方がブームになったときがありました。当時、多くの医者が漢方特有の診察をしないで、肝臓病だったらこの漢方、高血圧だったらこの漢方という処方の仕方をしたため、期待したほどの効果が得られず、医者も患者も漢方から離れてしまいました。第二に、ステロイド薬をいつ止めたらよいか、皮膚の保湿をどうすればよいかなど、アトピー性皮膚炎に詳しい漢方医が少ないことも問題です。そのため、漢方治療を開始と同時にステロイドを中止したためリバウンドが起き、これを漢方のせいだと誤解してしまう患者さんたちがいるのも漢方治療の普及を阻んでいます。エビデンスの重要性が叫ばれていますが、アトピー自体の客観的評価法が未確立の上、煎じ薬はオーダーメイド治療のため、統計処理が困難という問題を抱えています。
──効果が現れるのに時間がかかることも漢方治療の普及を阻害する原因になりませんか。
山口 それについては、私は患者さんに氷山に例えて説明します。かゆみや湿疹などの症状は海面から顔を出している氷山の一角にすぎず、その下には神経系や内分泌系、さらには角質層の変化など大きな氷山が隠れているんだよと。それを少しずつ溶かしていくのが漢方だから、海面上の氷山を溶かすまで時間がかかるのは仕方のないことだし、症状が消えないからといってけっして漢方が効いていないわけではないんですよと話します。
──そのほかに、漢方治療の普及を阻害している原因は?
山口 アトピー性皮膚炎を専門にしている漢方医同士の横のつながりがなく、情報交換などができないこともアトピーの漢方治療の普及を遅らせていると思います。
──漢方の治療効果が高いとはいえ、残念ながらすべての人が治るわけではありません。これについてはどのようにお考えですか。
山口 これまで多くの患者さんを見ていて、治らない場合の共通ファクターがいくつかあります。一つは遠方だったり、転勤になったりして通院が困難になる場合です。また、当院の場合は煎じ薬ですから最低でも一時間は煎じなくてはいけません。忙しくて煎じる時間がない、あるいは苦い、臭いといった理由で途中で飲まなくなる人もいます。妊娠した場合は、漢方薬とはいっても内服薬なので服用を中止します。漢方の場合、長期にわたりますから軽症だったりするとモチベーションが不充分で長続きしないことが多い。それから、医者がどうかしてくれるといったお任せ的受身治療の人もだめですね。少し改善したら気が緩んで、飲まなくなるケースもあります。ダニやカビ、ホコリ、ペットなどアレルゲンの多い環境にいる人にいくら漢方治療を行ってもあまり効果が出ません。意外に見落としがちなのが歯の金属の詰めものです。セラミックに換えることが理想ですが、一本何十万もしますから、これは難しい問題です。アルコールや睡眠不足、多忙、ストレスなど症状が出やすい生活をしていてもだめですね。以前、サッカーが大好きで、炎天下で毎日毎日サッカーをしているという大学生が通院していたのですが、そのような生活を続ける限り、私が一生懸命、治療しても治らないからと最終的には治療をお断りしました。化粧品や外用剤、ソープ類、パソコンなどの機械的刺激、掻く刺激といった、皮膚への刺激が強すぎても治療効果を下げてしまいます。また最近、腸内細菌叢が漢方の効果に影響するともいわれています。
──漢方治療で副作用は出ませんか。
山口 生薬に対するアレルギー反応が出る人が千人に一人ぐらい、肝機能障害が出る人が一%弱います。アレルギー反応を起こす生薬は大体決まっていますから、その生薬を取り除けばアレルギー症状はすぐに治まります。肝機能障害に対しては、定期的に血液検査を行うことで早期発見が可能です。
──先生は内服薬に加えて、漢方の外用薬も用いられているとか。
山口 ええ、中医学にはたくさんの文献が残っています。少しでもステロイド薬を減らしたいと思い、過去の文献を調べながら自分なりに工夫して作り始めました。ステロイドのように塗ればアトピーが抑えられるというようなものではなく、むしろ栄養クリームに近いのですが、弱いながらも抗炎、抗菌、保湿、抗かゆみ、掻破痕の修復などさまざまな働きがあるため重宝しています。アトピーの人は超敏感肌が多く、皮膚刺激を感じてしまいます。それをどう除去するかが目下、私の課題です。
──今後の計画や予定等がありましたら教えてください。
山口 今、アトピー性皮膚炎の重症度分類の客観的評価スケールの確立に取り組んでいます。その一つがバリア機能の数値化です。アトピー性皮膚炎では皮膚の角質のセラミドが少なくなるため、バリア機能が低下し、体内の水分が蒸発しやすくなります。この水分蒸発量の測定をTEWL(経皮水分蒸散量)といいますが、従来大変高価だった測定器が最近安く手に入るようになってきましたので現在、試用中です。プローブを腕に10分ほど当てるだけですので、患者さんへの負担はほとんどありません。
また、化粧品の指導も行わなければならないと考えています。そのため化粧品成分解析ソフトを開発中です。患者さんが使っている化粧品に、その患者さんにアレルギーを起こす成分が含まれていないか、すぐにチェックできるソフトです。アトピーの人を対象にした化粧品相談室も開設したいですね。アトピーであってもお洒落を楽しめるように、漢方外用薬のノウハウを生かした安全な生薬化粧品の開発も行っています。アトピーの人や敏感肌の人はエステを受けたくても断られるそうです。エステを受けたいという女性患者さんたちのためにハーブの香りのするリラクゼーションルームを用意し、純粋な生薬でできた美容液を使ったフェイシャルエステをサービスで行っています。当院では、これを医療とエステの中間に位置づけ、ファイシャルケアユニット(FCU)と呼んでいます。
──先生は「ハーブの風」という英語と日本語のサイトを持っていらっしゃいますね。
山口 実は、私にとっては英語版のほうが本命なんです。五、六年前にアメリカで麻黄が乱用され、死亡者が出たりして大きな社会問題となりました。そのニュースを知り、中医学の正しい知識を欧米の人々に啓発しようとサイトを立ち上げたのです。これは私にとってはライフワークです。
──先生の中医学への熱い思いがよくわかりました。本日はどうもありがとうございました。
山口典秀(やまぐち・のりひで)
1951年生まれ。九州大学医学部卒。同大学脳神経内科、大牟田労災病院を経て開業。日本東洋医学会認定専門医。