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茉莉花茶(まつりかちゃ) ... (V)

 
   
    
 

★ショート・ストーリー

……シュウテンだよ……

誰かが呼びかけて去っていった。

ハッと顔をあげて、あたりを見渡す。誰もいない地下鉄の車内。

隣りの車両を、駅員がかけてくる。

 

「エッ、乗り越しちゃったの?」

美枝は半信半疑でホームに体を移した。後ろを駅員が駆け抜ける。

駅名を探して視線が泳ぐ。ボォーッと突っ立ったままの美枝を残して、空っぽの電車が、車庫へと向かった。

 

「せっかく、今日は早く帰れると思ったのに……」

それでも10時は過ぎている。美枝はホームの反対側で、目的地へと運んでくれるガラガラ電車に乗り込んだ。乗客はまばら。車両のはじっこに腰掛ける。発車まで8分もある。いつものクセで、携帯に手がのびる。「もうアパートに帰ったかな」と、彼の顔が浮かぶなか、美枝はメールをうつ。

*元気?もうウチにいるの?酔っぱらってる?私は電車のなか 発車まちシクシク 乗り越して終点まできちゃったよ ドジアホマヌケ!!早く帰りたい*

 

慎二が転勤で東京を離れて、3ヵ月がたつ。最近は転勤先の生活にも慣れてきたとかで、メールや電話も少なくなった。なんでも、おいしい屋台があって、仲間と会社帰りに毎日のように寄ってるとか。で、酔っぱらって、アパートに戻ったらバタンキュー。

それでも、日曜の朝は、まだ美枝が寝てる時間に電話をかけてきて、「結婚しよう!!」と叫ぶヤツ。寂しいけれど、その言葉にホッとする美枝。

*よっミー結婚しよう今度の連休は東京でデートだ帰るからなあけとけよところでしきなや*

 

「オイオイ……」と美枝は、慎二が屋台から返信してきたのを理解した。「仲間にジャマされたな……この酔っ払いたちめ……」。楽しそうな慎二を思うと、美枝は少し悲しくなった。「会いにいこうかな」。

発車間際に携帯がなった。慎二だ。と同時に電車のドアが閉まった。どうしよう。でも、手は勝手にオンしている。

「ハイ」

「オオ、マイミー」

「えっ?」

「ごめん、メールのお尻、変だったろ」

「お尻??」

「とにかく、連休空けとけよ!! ところでさあ」

「ごめん、電車なの、あとでかけなおすから」

「おおスンズレイしやした」

 

「ところでって、なにがいいたかったのだろ」。心がほぐれるように顔がゆるむのを人に見られまいと、美枝はまたうつむいた。

 

ようやく、我が家。

 

「ただいまっ」

居間をのぞくと、オヤジさんが起きていた。

「お疲れ。どうだ1杯」

「ノウサンキュウ。おやすみ!!」

 

 部屋にたどりつく。

「ところでって、なんだろう」。携帯を鳴らすが、慎二はでない。「このぉー」。

美枝は、彼が送ってくれた茉莉花繍球(まつりかしゅうきゅう)にお湯を注いだ。ジャスミンの香りが美枝を包み込む。繍球がお湯のなかでゆったりとほぐれていく。美枝の気持ちも、ほぐれていく。

「慎二……」。美枝は慎二の「ところで」のあとに伝えたかったことが、わかったような気がした。「式のことか……」。

 

<茉莉花茶にまつわる伝説をヒントにしました>

 

 
   
   
 

★茉莉花繍球は、銀針(ぎんしん)の芽(上質の緑茶の若芽)の付け根部分を糸でよって、小さな鞠(まり)のように仕上げた仕込み茶・茉莉花茶です。熱湯を注ぐと蕾の花が開くようにふくらみ、職人芸のすばらしさに驚かされます。繍球は刺繍を施した鞠で、中国の伝統工芸です。繍球の多くは吉祥図案が描かれるなど、縁起の良いものとされています。上品で柔らかな茉莉花の微香と、少し甘みのある茶の味わいが特徴です。飲んだ後も、ノドに静かに広がるかすかな苦味が、茉莉花の残り香とともに、心地よい余韻にひたらせてくれます。

 

千年以上の歴史をもつ花茶の香りづけ

★花茶・茉莉花茶はこうしてつくられる

花茶につかう香花の種類はいろいろあります。珠蘭(しゅらん)、玉蘭(ぎょくらん)、柚子(ゆず)、橙(だいだい)、桂(けい)、浜茄子(はまなす)などの花が有名ですが、なかでも茉莉(ジャスミン)の花は最高とされ、「花の王」といわれるくらい人気の高い香花です。

茉莉花は、花が開かなければ香りをだしません。完全に開いて、はじめて香気も完全という特徴をもっています。茉莉花(ジャスミンの花)は、半分ほど開いた花を一つずつ丁寧に手で摘みます

 

竹籠や目の粗い木綿の袋に入れられて茶工場に運ばれ、蒸れないように清潔な涼しい場所に広げて置かれ、風通しをよくして全開をまちます。夜の七時ころから花が開きはじめますが、そのころから香りづけ(薫香)の作業がはじまります。夜を徹しての作業です。

花茶は、イン製という室(ムロ)や穴蔵で薫蒸してつくられます。その歴史は古く、宋代初期(10世紀)にまでさかのぼることができます。当時、皇帝に納める「竜鳳茶(りゅうほうちゃ)は「竜脳(りゅうのう)」という香料で茶に香りづけをしていました。花茶ではありませんが、茶に香りづけをしたルーツとされています。

12世紀、宋の宣和年間(1119〜1125年)には、「珍花香草」で香りづけをすることは一般的になっていました。明代(13681〜1644年)の書「『茶譜』(顧元慶)には、当時の香りづけの技術が非常に高かったことをうかがわせる記述があります。

「木犀(もくせい)、茉莉、浜茄子、薔薇、蘭、橘、梔子(くちなし)、吾木香(われもこう)、梅、みな茶につくるべし。諸花の開くとき、その半ば含み、半ば開きたるものを摘み、芯(しん)の香気完全なものを選んで、その量に見合う茶葉に香りつけし、花茶となす」

茶葉の品質によって、花の香り(花香)の吸収される度合いは異なります。茶葉によって、イン製の回数を変えなければなりません。高級な花茶であれば、3回以上のイン製をおこないます。一般の花茶は、1回か2回が普通です。

最後に少量の鮮花で、1回だけ仕上げのイン製をおこないます。これを「提花」(ていか)といいますが、これが花茶を茶碗に注いで鼻先に近づけたときの香気の決め手となります。何回か煎出しても余香が残っているのは提花以前のイン製で蒸らされた香花によるものです。茶葉の品質が良く、イン製の回数が多いほど、花香の持久性も高いといえます。

茶葉への香りづけですが、茶葉と香花を交ぜいれておこなう方法や、一層は茶葉、一層は香花と何層にもつみ重ねておこなう方法などがあります。

茶葉と香花の割合は、茶葉が3に対し、香花が1。

「花多ければ、香気が強すぎて茶の味わいを消し、花少なければ、香らずして美を尽くさず」(『茶譜』)

製造にはかなりの時間がかかりますが、なかには数ヵ月かけてイン製を7〜8回も繰り返す高級花茶もあります。イン製時の香花が混ざったままのもの、仕上げ段階で香花をすべて取り除いたもの、また最近では、イン製時の香花を取り除いたあとに、新たに鮮花を加えて出荷するものもあるようです。さらには、仕組み茶、工芸茶……。味、香り、そして見た目と、茉莉花茶だけでもいろんなタイプが楽しめますよ。

◆次回予告◆

中国の仕込み茶のなかで、もっとも色鮮やかで美しいお茶といわれている「紅花仙桃茶(こうかせんとうちゃ)」をご紹介します。千日紅(せんにちこう)の花を仕込んだものです。美容にも効果が期待できますよ。

 

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・協力/茶藝館 (代表:山内正水 TEL.0424-62-5147 FAX.0424-62-5050)

・資料/『中國茶讀本』発行:(社)静岡県茶業会議所
           著者:荘晩芳、唐力新、孔憲楽、王加生 訳者:松崎芳郎

『中国の名茶』発行:「中国の名茶」翻訳刊行会
           著者:荘晩芳、唐慶忠、唐力新、陳文懐、王家斌
           訳者:荒井藤光、松崎芳郎

『中國茶藝』発行:婦幼出版社(中華民國) 

 


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